この愛犬供養が正しいのかはわからない

私の実家は都会とは程遠い、昔ながらの田舎といえる場所です。
都会に出てしまった私含め若い人達とは違い、生まれてからずっと田舎に住み続けている両親たちは、未だに田舎の風習のままで暮らしています。
田舎あるあるの生活スタイルは、ペットの買い方にも表れるもので、田舎は未だに「犬は外飼い」が当たり前というところがあります。都内や関東圏など、そこそこの住宅地ではありえないものかもしれませんが、田舎ではシーズーなどの小型犬と呼ばれる犬種でも、外で首輪に繋がれていることもあるんです。

最近では人間と同じく、ペットである犬の寿命も長くなってきているといいますが、昔ながらの飼い方を続けている田舎では、犬の寿命はあまり長くないかもしれません。
外で飼われ、今なら愛犬家が当たり前に行っている予防治療は基本的に施されることなく、スーパーやホームセンターで飼えるような昔ながらの安い食事を与えられている犬の健康寿命が長いなんてことはないだろうと、素人目にもわかります。

そんな田舎の実家で飼われていた、ラブラドールミックスであろう雑種の犬。私が実家を出る3年ほど前に川沿いのサイクリングロードを彷徨っているのを拾った犬でした。その時には既に成犬であったことから正確な年齢は分かりません。
怪我もしていてやせ細っていたその犬を放っておくことができず、実家で飼いはじめました。

幸いなことに家族全員犬好きであったこと、特に父は動物が好きな人で、犬の方もそんな父に一番懐き、従順な姿勢をみせていました。
家族全員に可愛がられ3年ほどした時に、私は就職して都会に出る事になりました。
その頃から、犬が呼吸が荒いような、咳込んでいるようなしぐさをしていたこと覚えています。

病院に連れて行くことを両親に勧め、気になりながらも犬を置いて上京し半年ほどたった時、親から犬がフィラリア症になっていると連絡を受けました。
後から知った素人知識で、フィラリア症は毎月の予防薬さえしっかり与えていれば予防できる病気だということを知り、両親も私もとても後悔しました。
狂犬病の予防接種以外で動物病院に連れて行くことなどほとんどない田舎の飼い方のせいで、可哀想なことをしてしまったと…。それからは、両親は犬を家の中で過ごさせるようになったようです。温かい家の中、常に人の気配を感じて過ごせる環境に、犬はとてもうれしそうだったと父は言っていました。

それから1年ほどして、犬は亡くなってしまいました。それがフィラリア症によるものが原因だったのか、はたまた寿命だったのかは分かりませんが、死ぬ間際は苦しかったのではないか、もっと色々してあげられたのではないかと未だに思ってしまいます。
供養の方法は、土葬でした。

ペット葬を専門とする業者が増えそれを利用する人が多くなっている昨今、何度も言うようですが田舎にはそんな業者はあまりありません。
当たり前に自分の家の庭や山などに埋葬するのです。
可哀想と思われるかもしれませんが、私はこれに関しては田舎のやり方に賛成しています。

田舎の飼い方は粗暴で雑に見えるかもしれませんが、それでも家族は犬を大切に可愛がっているんです。その家族がいつまでも自分たちの近くにいられるように、いつでも花を手向けてやれるように、そして自然に還れるようにという供養だと思っています。私は帰省のたびに、埋葬された場所に手を合わせています。
愛犬が亡くなってから何年も経った今でも、父は毎日のようにそこで手を合わせ声をかけているそうです。
批判的に捉えられてしまうかもしれない田舎のやり方ですが、少しでも愛犬の供養になっていればと思っています。